30代のころにマネージャーをしていた七味おやじです。
目標管理による評価やフィードバック、勤怠管理なども行っていました。いわゆる上司がするお仕事は一通りしてました。転職を機にマネージャーから平社員に戻り、お気楽に過ごしてます。元マネージャーの平社員だからこそ見えてくるマネージャーの捉え方もあるのではないかと思い、本記事のお題にある「マネージャーのトリセツ」について考えてみました。ぜひお楽しみください!
マネージャーを知る
上への報連相
マネージャーは中間管理職である!まず、この認識をもつべきです。課長には部長という上司がいて、部長には本部長という上司がいる。本部長にも上位組織の上司がいます。社長を除けばどの役職にも上司はいます。つまり、どの役職も広義では中間管理職になります。社長を含めた取締役が集まる会議に出席するとそのような構図が丸見えになります!
つまり、どの役職にも上への報告義務があるということです。世の中には過干渉のマネージャーもいるでしょう。なぜ過干渉になるのか?それは自分の上司によい成果をアピールしたいからでしょう。アピールするためには情報収集が必要です。失敗はしたくないのでヤバそうなことから逃げる(他に責任転嫁する)、成功は緻密に報告したいので報連相を徹底させる。程度の差はあれども、マネージャーには「上に良い報告をしたい願望」があることを認識しましょう。組織の構成上、上への報連相はマネージャー以上の皆さんに必要なのです。
予想以上に上から詰められてる
マネージャーが怒られる姿を部下はあまり見たことがないでしょう。でも、マネージャーで集まる会議では、上から結構詰められてます。特に期末で数字の詰めが必要な状況では、上からあれこれ言われます。そのプレッシャーを部下に悟られることなく毅然と振る舞っているマネージャーは立派だと思います。一方で、企業や組織の存続とか?わけのわからない危機感を煽って部下に数字作りを強いるマネージャーも多いでしょう。(上に対して)マジメで従順な人ほど、そのような情けないマネージャーになりがちです。上からのプレッシャーを押し返すだけの信念がなく、そのプレッシャーを下に押し付けることで何とかその場をやり過ごそうとします。自分のことがかわいくて仕方ないみたいです。
プレイングマネージャーとしての実力低下
以前はプレイングマネージャーが主流だったと思います。部下が困っていたら、マネージャー自ら現場に駆けつけ事態を収拾してきたと思います。今はどうでしょう?複雑多岐にわたる仕事に対して、もう現場に連れて行っても役に立たない(むしろ邪魔な)マネージャーも多くなってませんか?あるいはリソースの斡旋でしか存在価値を見いだせないマネージャーもいます。協力会社に依頼するための予算分配、他チームで手が空いている社員のリソース確保、もうそういう手札しか残っていないマネージャー。そこで、素直で謙虚ならば可愛げがあるのですが、マネージャーとしての威厳を保とうとするとややこし!マネージャーがプレーヤーとして部下よりも下位レベル!このようなケースは今後も増えてきます!
パワハラの加害者にならないよう怯えてる
上からのプレッシャーをそのまま下に押し付けると、パワハラになってしまうかもしれません(きっとなるでしょう)。そんなことに怯えているマネージャーも実に多いことでしょう。会社のマネージャー研修で、今どきのマネジメント手法を学びながら、自分は旧態依然のマネジメント手法で上から管理される。そんな厳しい状況にいるマネージャーがかわいそうに思えます。ただし、その試練に耐え抜かなければ上への階段を上がれない(という異常事態)。板挟みのかわいそうな状態かもしれませんね。仕事に燃えてるイキイキとしたマネージャーを周囲で見かけないならば、部下も少し察してあげた方がよいかもしれませんね。
働き方改革の被害者
この数年で働き方改革が進んできました。部下目線で言えば色々問題のあるマネージャーですが、働き方改革の被害者はマネージャーです。前述の厳しい現実がある中、苦労に見合うだけの報酬を得ているのか?と言えば、そうでもないでしょう。上を見れば、旧態依然のやり方で階段を上がってきた人たち。下を見れば働き方改革に則って仕事をする人たち。スキルを身につけるために勉強する時間があるわけでもない。昔のようにアフターファイブで愚痴を言う機会も減少してる。七味おやじと同じ世代も多いので、家庭でも色々背負っているでしょう。今どきの人たちのようにITツールを器用に扱えるわけでもない。お父さん、お母さん、がんばれ!とエールを送りたくなります!
マネージャーの扱い方を知る
マネージャーは人格者という幻想を捨てる
マネージャーは人格者となるべく修行をしてきた人たちではありません。ましてや、外部からの経験者が上司になるかもしれませんし、海外の方が上司になるかもしれません。自分よりも年下の方が上司になることも増えるでしょう。また、上司が転職してしまうかもしれません。マネージャーはちびまる子ちゃんに出てくる丸尾くんのような学級委員的発言をするかもしれません。しかし、それは立場上そう言っているだけです。マネージャー研修などは受けているでしょうが、年に数回の研修のみで人格者になれますか?都合よく、昔からの名残でマネージャーに人格者であることを求めてしまう。それは酷でしょう。
マネージャーが答えをもっていないことに慣れる
予測不可能なVUCAの時代にマネージャーが仕事の答えを必ずもっているという幻想も捨てた方が好ましい。本当は答えがなくて悩んでいるのです、マネージャーも。本当は相談したいんです、部下の方々に。話を聞いてほしいのではなく、意見を言って欲しいのです。自分の顔色をうかがってほしいのではなく、自分はこう思う!と主張してほしいのです。言われたことを機械のようにやってほしいのではなく、間違っててもいいから自主的に動いてほしいのです。よほど慣習的な仕事でない限り仕事に絶対の正解はないはずです。その正解を自分たちで考えて、探していきたいと思っていますよ、マネージャーは。経験則でそう思います!
マネージャーに対する必要以上の気遣いをやめる
マネージャーに気を使ったり、ゴマをすったところで出世しないと思いますよ!これからは。暗黙のルールなのですかね?〇〇課長とか〇〇部長とか、役職をつけて呼ぶ行為。私は〇〇さんと「さん付け」で呼ぶようにしています。ちなみに自分よりも年下の方にも「さん付け」です。そのうち怒られるのかな?と思いきや、ここ最近では怒られたことはありません(10年ほど前は怒られましたが)。呼び方一つで相手へのスタンスが変わってくると思います。先述の通り、マネージャーを人格者として見上げていません。同じ仕事をする仲間で、マネージャーという役割をしてる人と思ってます。人として好きかどうかは役職とは全く関係ないです。気に入られたいとも思いませんし、嫌われたいとも思いません。他の人と接するのと全く同じです。
マネージャーに催促もする
マネージャーはやはり忙しいです。(残念ながら)無駄なミーティングに出たり、(残念ながら)無駄な報告資料を考えたり、(残念ながら)無駄な労務管理をしたり。その中で、自分がお願いしたことをマネージャーがやっていないケースもあるでしょう。そのときは、素直に礼節をもって催促すべきです。でも、意外とこの催促ができない人は多いと思います。待ち過ぎて自分の中に負の感情が芽生えるぐらいならば、サクッと催促した方が精神的にも楽だと思います。マネージャーも人間です。忘れることも多々あるので、変な気は使わず催促していいと思います。
合わなくてもお互い人として尊重しあう
部下は上司を選べないので、残念ながらハズレくじを引くことがあります。ハズレくじは、いずれどこかで自然と転げ落ちていくケースが多いですが、それがいつかはわかりません。さて、そうは言っても、そのハズレくじも家に帰るとお父さんであったり、お母さんであったりします。会社で見せる顔とはまた別の顔をもっています。仕事のキャリアだけが全てでなく、ボランティアなどのキャリアをもっているかもしれません。その上司もまたハズレくじを引いていて、上司の上が最悪というケースも考えられます。仕事である以上、利害関係は発生します。お互いの利害が一致しないこともあるので、適度な距離感をもって対応しましょう。人としての尊重を忘れずに。
マネージャーと程よい距離感を保つ
程よい距離感は人それぞれ
マネージャーを人として好きかどうか?で程よい距離感は変わってくるでしょう。少なくとも人として好きかどうか?の探りは入れたいところです。今までに何人かの上司と共に仕事をしてきましたが、飲みニケーションを取ったことがない上司はいません。仕事の顔と素の顔を知った上で、人として合う・合わないを判断するぐらいの努力は必要だと思います。人としてまったく関心を持たないことは一期一会の出会いとして悲しすぎる。上司に過度な期待をもつことは避けた方がいいと思いますが、無関心も避けた方がいいと思います。職場に昔のような家族感はもう存在しないですが、好きな人に囲まれて仕事ができたらそれに越したことはありません。
まとめ
マネージャーのトリセツとして考えをまとめてみましたが、結構難しかったです。あまりにケースバイケースで、抽象化しにくい部分もありました。働き方改革で、上司と部下の関係性も今後大きく変わっていくでしょう。自分にとって無理のない人間関係を職場で構築できる術は大事です。八方美人で誰からも好かれようとはせずに、ありのままの自分を好きになってもらえるように人間力を磨くというのが一番の近道と思う七味おやじでした。