6年間、消費財メーカーで商品開発をやっていた七味おやじです。
今回は商品開発というキャリアに憧れをもった経緯、そして6年間やってみた感想を記事にします。マーケティングや商品開発などのキャリアを歩みたい人にとって参考になればうれしいです!
「近代マーケティングの父」フィリップ・コトラーの本との出会いが生んだ憧れ
遡りますが、大学時代にマーケティングを専攻していました。ゼミで使われていた教材がフィリップ・コトラー著「マーケティングマネジメント 第7版」(プレジデント社)でした。634ページにも及ぶ大作です。
真面目に勉強していたかはさておきマーケティングを学んだことで、消費財メーカーでの商品開発というキャリアに憧れをもつようになりました。私もいつの日か自分で企画した商品を上市したい。だから、就職活動は消費財メーカーを中心に回りました。就職氷河期だったこともあり、内定をいただくには随分苦労しました。
念願が叶って消費材メーカーに就職。ジョブローテーションを2回経て、憧れの商品開発というキャリアにたどり着きました。
この憧れには随分固執してました。社会人になってからも「コトラー&ケラーのマーケティング・マネジメント 第12版」(丸善出版)を粛々と読んでいました。いつの日か訪れる商品開発というキャリアで、自分が活躍できるようにコツコツ努力を継続していました。この本(第12版)は967ページにおよぶ大作です。
日本語での最新版は第16版。マーケットの変化と共に新版が上市されています。マーケティングを志す人、商品開発のキャリアを志す人にとっては教科書のようなロングセラーです。読むにはかなりの忍耐力が必要です。ただし、悩んだり困ったりしたときの心の拠り所になります。
商品開発という仕事も2種類ある
消費財メーカーの商品開発とは一体どんな仕事でしょうか?
消費財の商品開発という仕事には大きく分けて2つあります。
- まったく世にない新商品を創り出す仕事(0から1を創る仕事)
- すでに自社内に存在する商品群(ブランド)を育てるために商品ラインナップを増やす、もしくは改良商品を上市する、もしくは限定商品を上市するなどの仕事(1を2、3、4、5・・・と増やしていく仕事)
どちらをやりたいか?で仕事内容は変わってきます。
就職するときに祖父にアドバイスをもらいました。企業に就職するならば、個人事業主では到底使えない規模のお金を使える仕事をした方がいいと。それが、企業人として働く一つの醍醐味であると。
私は迷わず1を選びました。1を選ぶと設備投資にはじまり、プロモーション費用もたくさん使えます。そして、何より自分が創りたい商品がどんどん目に見える形になっていくのが醍醐味です。
新しいということは、叩かれるということ
まったく世にない新商品を創るということは、周囲からすれば違和感の塊です。違和感があるということは、叩かれるということです。違和感があるものを周囲がすんなり受け入れてくれるはずもありません。
従って、新商品の必要性を社内の経営層にわかってもらわなければなりません。この説得は相当に大変です。投資がかかればかかるほどに。新しい技術を要すれば要するほどに。新規性が高ければ、高いほどに。
自分が予想してる以上に周囲から叩かれます。設備投資などの多大な費用がかかるわけですから当然です。
若者の思いつきを安易に受け入れて役員が投資を承認すれば、会社が傾きます。当然のなりゆきです。
アンケート調査などを実施して消費者ニーズがある証拠を定量的に示すことになります。
当然のプロセスです。問題はアンケート調査の結果が悪かった場合にどうするか?です。
そもそも、まったく世にない新商品の特長をアンケート紙面やダミーサンプルで被験者に理解してもらうことが難しい。
アンケートの内容を何回も吟味し、結果を出せるようにアンケートをブラッシュアップし続ける。
デザイナーも巻き込んでイラストレーターで画像まで作ってもらってアンケートの内容をブラッシュアップする。(忙しいデザイナーの工数をアンケートで使うと周囲からは白い目で見られます。しかし、そこで気後れしたら負けです。)
デザイナーがいかに希少性が高いかをまとめた記事はこちら。
プチアンケートをやっては修正、プチアンケートをやっては修正。これでどうだ!というアンケートができるまで粘り強く取り組む。世にない新商品の市場調査をするということは、そのような苦労が伴います。
雑な市場調査を1回実施してその結果が悪いのであきらめるという熱量では、ヒット商品など生まれないでしょう。アンケート調査にも費用がかかりますので、チャンスは決して多くはないです。だから、事前の準備でどう工夫できるか?どれだけ周囲を巻き込めるか?他の商品開発者に白い目で見られても気にせずにデザイナーを頼れるか?それ相当の熱量が必要です。
最後はアンケート予算をしっかり取って、定量的な裏付けを取ります。
満を持して、社内の経営層を説得。内心はこれでどうだ!という気持ちです。
返ってくる心ない言葉。
「アンケートなんてさ、どうせバイアスかかってるでしょう!」
(そりゃ、そうかもしれんけど。他にどないせーっちゅうねん。という心の声が漏れそうになります。)
相手が経営層でなければバトルですが、ビジネスパーソンはそれではいけません。感情をコントロールしながら、ときどき計算しながら感情を表に出しながら・・・。
最後は熱意・気合・根性。そこまでやってようやく「だったらやってみれば・・・」みたいな微妙な承認を得ることができます。
心が折れそうなとき、自分にとって心の拠り所が必要です。経営層が言っていることよりもフィリップ・コトラーを私は信じる!という拠り所です。
適正コストで量産できるか?
0から1を創る商品開発は、商品設計も頑張ってるケースが多いです。商品コンセプトを具現化するために設計サイドも相当無理していることでしょう。
商品コンセプトがいくら良くても量産できなければビジネスにはなりません。また、量産できても製造コストが高すぎると市場価格に見合いません。
「その商品は本当に適正コストで量産できる?」という問いは商品開発の重要ポイントになります。量産をとりますか?それとも商品の仕様ダウンをとりますか?
このようなトレードオフの交渉が日々繰り返されます。ここでも設計サイドや生産サイドとの折衝です。
譲ってはいけない商品仕様は死守です。周囲を巻き込んでも。生産サイドにどんなに嫌われようとも。
製造コストを上げずに商品コンセプトを実現する代替案を考えてもらうしかありません。先方の管理職が出席しても臆することなく、粘り強く説得するしかありません。
しかし、粘り強く折衝していると周囲の誰かは味方になってくれたりします。消費者ニーズだけでなく生産サイドのニーズも汲みながら、必ず良い落とし所が見つかるはず!という情熱。そういうおかしな熱量を伝染させないと新商品の量産にはたどりつけません。
どうやって品質担保しますか?
やっと量産の目処がたったと思ったら、次は品質検査どうする?という新しい課題が生まれます。
どうやったら品質を担保できるか?検査方法はどうするのか?パッケージの裏面にどのような説明文を入れるか?などなど。
一人で戦ってどうにかなるもんでもありません。大切なのは、まったく世にない新商品を創り出そうと微熱を帯びた仲間達との集団戦です。
不思議なもので商品が形になってくるとどんどん味方が増えてきます。
会議の場で周囲からボコボコに打ちのめされてきたかわいそうな若者の味方が増えてくるのです。
製造業の良いところです。昨日の敵は今日の友になる日が来るのです。
そもそも根っこは新商品を創ることが好きな人たちが集まっているはずです。そうでなければ、消費財の製造業を就職先として選ばないでしょう。
ただし、長い年月をかけてその会社の思考や基準に染まっていく。それがビジネスパーソンというものです。それが同じ会社で長く生きるコツとも言えるかもしれません。
その慣習を打ち破って新商品を出すということは抵抗感を伴って当たり前です。しかも、商品開発の担当者が30そこそこだとすれば尚更、出る杭を打ちたくなります。
しかし、打たれても打たれても出ようとする杭は周囲の感情を動かします。これはどんな新商品でも同じだと思います。商品コンセプトが良いだけで上市できるほど甘くないはずです。
熱量が尋常でない誰かがいて、叩いても叩いても諦めないので、そのうち周囲も助けたくなってしまう。そんなことは世の中で頻繁に起きているのではないかと思います。
品質担保においては実に多くの人に助けてもらいました。会議の場で自分をボコボコに打ちのめした役員も実は味方してくれてたりします。お客様相談室の方にも丁寧に接することで、いろんなアイディアを出してくれるようになります。
このような一体感は製造業ならではのような気がします。商品開発は決して一人では完結できません。いろんな人にかわいがってもらってどうにかなるもんです。
生産能力は適切?
ようやく販売にたどり着いたと思ったら、予想以上の大ヒット。
生産能力を上回る受注。欠品で慌てふためく営業現場。
さて、あなたらならどうする?
営業のコトバを信じて、生産能力を上げますか?3ヶ月後、半年後、1年後の販売量を誰が担保してくれますか?
過剰な生産能力をもつということは、投資を回収できずに終わるリスクを負うということです。
営業からは悲痛な叫び声が聞こえます。欠品はマズい。なんとかしろ!いつ入庫するのか日次レベルでスケジュールを出せ!
生産からは冷めたコトバがかえってきます。いつまで売れるの?在庫が増えたら誰が責任取るの?この前も同じような話あったけど、結局・・・。
社内にいても針のむしろに座るようなものです。もし、当時テレワークが認められていたら、絶対出社しませんでした。
この利害の一致しない両者の間に入って、仲裁をしてながら落とし所を見つける作業は地獄でした。
「いつ終わるのだろう、この生産能力地獄!」と思いきや、その状態が1年ほど続くのですから。
経営層で話し合って決めてよ!と思いますが、なかなか同じテーブルに付いてくれません。
営業と生産を行ったり来たりし、その都度エスカレーションのレベルを上げていき、ようやくまとまった感じでした。
売れても地獄。売れぬも地獄です。
欠品中にメディアに出て周囲から叩かれる
あわれな若者を商品開発の神は見捨てなかったのでしょう、きっと。
なんと、その商品はマスコミ機関から賞を受賞してしまったのです。
いろんなメディアにも取り上げていただきました。多くのメディアの方々が取材に来ていただきました。
苦労が報われたのです。それは、喜びます。はしゃぎます。
欠品のために営業は悲鳴を上げている最中に。
構図的にはもう最悪です。「営業は得意先で欠品のために謝ってるのに、取材で調子いいこと言ってんじゃねぇっ!」と思われても仕方ありません。
取材受けている暇があったら、生産能力を上げろと思われていたことでしょう。
でも、私の役割は商品開発であって生産管理ではないのです。
もうただ単に私が若いし、周囲も私に言いやすかったのでしょう。当時の私はそんな風に考えるしかありませんでした。
この辺りに来ると私も達観し始めます。
よく考えてみるとメディアに載せる広告費として、その取材活動を金額換算すれば多額になります。
「欠品中なんで、取材はまた後日。」などと言っていたら、もう二度とマスコミ各社から声はかからないでしょう。
メディアに顔を露出しても給料は増えないし、出世するわけでもありません。
自分のためでなく会社のためにやっているのに周囲から叩かれる矛盾。後ろ指さされる悲しさ。
それも商品開発担当者の悲しい側面です。そんなときにも心の拠り所が必要です。
ヒット商品の高揚感を知ってしまうと元には戻れなくなる?
ある意味でここまでの話はサクセスストーリーです。
しかし、この種の成功体験をしてしまうと元の仕事では満足感を得れなくなってきます。
この先に待ち受けている仕事、それは・・・
2.すでに自社内に存在する商品群(ブランド)を育てるために商品ラインナップを増やす、もしくは改良商品を出す、もしくは限定商品を出すなどの仕事
まだ世にない新商品を創り出す高揚感を知ってしまった私は、その仕事をおもしろくないと勘違いしてしまうのです。「ザ・勘違い」!
毎年同じ時期にブランド育成のための商品を上市しては、前年実績と比較して一喜一憂。「ザ・会社員」!
商品開発としてのキャリアってこんなもん?私にはもっと才能がある!と思ってました。若気の至りです。
そもそも星の数ほどある消費財の新商品を消費者が認知してくれる確率は、相当低いでしょう。
新商品が一度ヒットしたら、できる限り育てる。0から1の新商品を創って成功する確率なんて極めて低いのだから、消費者に認知されたブランドを徹底的に育成する。
「近代マーケティングの父」フィリップ・コトラーもきっとそう言うはずです。
商品開発の神が微笑んでくれたのだから会社にしがみついてもよかったのでは?
「ザ・会社員」に嫌気がさし、「ザ・勘違い」によって自分にはマーケティングのスペシャリストになる道があるはず!などと若気の至りで考えるようになり、私は商品開発の神様からプレゼントされた幸運を手放してしまうのでした。つまり、当時のキャリアに見切りをつけて転職してしまったのです。
どんな業界のどんな商材でも必ずヒット商品を生み出す。「近代マーケティングの父」フィリップ・コトラーにもそんな神業はできないと思います。たぶん・・・。
(たぶん)「近代マーケティングの父」フィリップ・コトラーにもできないことを凡人の私にできるはずがない。
若さゆえの成功であり、若さゆえの失敗でした。
今なら言えますよ。「ザ・会社員」のどこが悪い?今ならしませんよ、「ザ・勘違い」。
ただし、自分が開発した商品を今もなお使ってくれている人がいる。それはすごく幸せなことです。今でも、街やテレビでその風景を見かけます。我ながら誇りに思います。
自分の子供たちも知っています。あの商品を開発したのが私であることを。
そして、あの幸運を手放したことは果たして失敗だったのか?それは、この先の人生を進んでみないとわかりません。
むしろ、あの選択は正しかった!と思えるように、生きていくのみです。
まとめ
経験則ですが、0から1を創り出す商品開発には相当のエネルギーが必要です。
成功しても、失敗しても周囲から叩かれることもしばしばです。それでも、怖いもの知らずでまっすぐ向かっていけるだけの熱量が必要です。
そう考えると・・・、
0から1を創る商品開発というキャリアに憧れるのであれば、怖いもの知らずの若いうちにやっておいた方がいい!そして心が折れそうなときに、心の拠り所になる本を見つけておいた方がいい!
消費財メーカーの商品開発というキャリアを歩んだことに微塵の後悔もない七味おやじでした。